トップアスリートのトレーニングを安易に真似する危険性 [思わぬ落とし穴]

トレーニング科学
この記事を書いた人
竹井 尚也

東京大学 特任研究員/東京大学 陸上運動部コーチ

スポーツ科学(運動生理学)の研究者。科学的根拠に基づく運動指導を行っています。

指導した東大生から2年連続箱根ランナーが輩出しました。

竹井 尚也をフォローする
スポンサーリンク

前回の記事では、トレーニングを行う際に、事前に自らの能力を測定・評価することで正しい方向性のトレーニング計画を立てられることの重要性を説明しました。誤った計画を立ててしまっては、いくら努力しても報われません。無駄な努力をしないためにも、大海に漕ぎ出す前に、まず正しい現状認識と、綿密な計画が重要です。一方で、「トップアスリートは既にその道で成功した人なので、その選手と同じ練習をすれば強くなれる」と考える人もいるのではないでしょうか? この考えは、実は非常にキケンで、あなたの努力を無駄にしてしまうかもしれません。本記事では、そのわけについてお話します。

目次

競技パフォーマンスは、多くの要素によって決定される

なぜ、トップアスリートの練習を真似することがキケンなのか? その説明の前にそもそも競技パフォーマンスがどのように決まるのか説明します。競技パフォーマンスは、いくつかの要素で構成されます。例えば、短距離走を考えるとき、加速する能力、高いトップスピードを出す能力、減速を抑える能力などが、特に重要な要素としてあげられます。もちろんその他にも、色々と細かい要素が存在します。そして、短距離走のパフォーマンスは、最終的にこれらの要素の合計得点として決まります。イメージしやすいよう、競技パフォーマンス=テストの合計得点と考えるとよいかもしれません。各要素は、各科目の点数です。つまり、競技パフォーマンス(合計得点)を高めるには、どの要素(どの科目)を向上させるべきかを考える必要があります。合計得点を高めるのに、どの科目に時間をかけるのがよいのかが人それぞれで違うように、競技パフォーマンスを上げるために、どの要素を優先するかは人によって異なります。

要素の中に優先度がある

運動指導をしていると、よく「○○って速く走るのに大事ですか?」と聞かれることがあります。そして、その質問の内容の大抵のことは、競技に大事か大事じゃないかでいうと、大事なことが多いです。しかし、注意しなくてはいけないのは、この”大事”の中に優先度があるということです

例えば、先ほどの短距離走のパフォーマンスを決定付ける主要な要素の中では、「高いトップスピードを出す能力」が最も重要であると考えられています。他の運動種目でも数ある要素の中で、優先度があります。これは、先ほどのテストの例でいうと、各科目の配点が違うことと似たような関係にあります。例えば、英語の配点が200点もあるのに、10点しかもらえない漢字の書き取りを必死にやっても、合計得点を高めるのには、効率が悪いことは一目瞭然です。配点の高い科目を優先して勉強すべきであるのと同じように、トレーニングでもその競技での重要性の高いところから優先的に鍛えていくべきです

初級者であるほど、王道的なトレーニングを行うべし

初級者は、すべての要素において低い能力しかありません。テストの例であれば、どの科目の点数も低いのです。したがって、初級者がやるべきトレーニングは、その競技種目で最も優先度の高い(配点の高い)要素を鍛えるようなトレーニングです。ついつい、流行りのトレーニングやみんながやっていない変わったトレーニングをしてみたくなりますが、初級者であるほどそうした突飛なトレーニングより、その競技種目の先人たちが成果を残してきた王道的なトレーニングを優先的にすべきです。そうすると、「トップアスリートのトレーニングが、その種目で重要な配点の高い要素を鍛えるのに適しているのでは?」と思うかもしれませんが、部分的には正解で部分的には間違いです。なぜなら、トップアスリートは、優先度の低い要素のトレーニングも行っているからです

トップアスリートは、優先度の低い要素のトレーニングも取り入れる

トップアスリートが、優先度の低い要素のトレーニングを行っているなんてありえない! トップアスリートのトレーニングはすべて効率の良いものばかりだと思われるかもしれませんが、それは大きな間違いです。もう一度、テストの例に戻ると分かりやすいかもしれません。トップアスリートは、テストの例では、ごくわずかな成績上位者です。そのテストで配点の高い部分はほぼ満点に近い成績をたたき出します。そうすると、その成績上位者の中で順位を分けるのは、それまでに手をかけていない要素、つまり配点の低い要素になります。したがって、トップレベルになると英語の200点はほぼ満点を出せるので、漢字の書き取りの10点を取りに行くような勉強(トレーニング)もするようになります。もちろん、トップアスリートも優先度の高い要素のトレーニングは並行して行いますが、その他のユニークなトレーニングも取り入れていきます。だから、ある短距離選手がボクシングをトレーニングに取り入れたり、スケート選手が一本下駄をはいてスクワットするわけです。これらは、今まで鍛えていないマイナーな要素を鍛えて、漢字の書き取りの10点のような、ごく小さな優位性を得るために行っているものです。しかしながら、トップアスリートの優先度高い要素を鍛える王道的なトレーニングではなく、10点を取りに行くユニークなトレーニングが注目を集めることがよくあります。このようなことから、トップアスリートのトレーニングを安易に真似ると思わぬ落とし穴にはまってしまうことがあります。トップアスリートを真似する際には、そのトレーニングがどのような目的かしっかりと考える必要があります。最後にもう一度、念を押しますが「初心者ほどオーソドックスな王道的なトレーニングをしましょう!」

コメント

タイトルとURLをコピーしました