[意外と知らない] 低酸素トレーニングでは、赤血球は増えない

トレーニング科学
この記事を書いた人
竹井 尚也

東京大学 特任研究員/東京大学 陸上運動部コーチ

スポーツ科学(運動生理学)の研究者。科学的根拠に基づく運動指導を行っています。

指導した東大生から2年連続箱根ランナーが輩出しました。

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近年では、民間のジムでも低酸素トレーニングを行えるようになってきました。低酸素環境でのトレーニングというと、これまでは山岳部などの高所環境に移動・滞在しなくてはなりませんでした。低酸素の設備が一般化しつつあり、アスリートが低酸素トレーニングを導入する障壁が、最近はかなり低くなってきています。一方で、トレーニングのみを低酸素環境で行うような、いわゆる低酸素トレーニングでは、実は赤血球は増えません。なぜ、低酸素トレーニングで赤血球数が増えないのか、解説していきます。

目次

低酸素トレーニングで赤血球数は増えない!

高所トレーニングの代表的な効果として、赤血球数の増加があります。低酸素環境に晒されることにより、私たちの身体の中では、酸素を運搬する赤血球数が増え、低酸素環境でも効率よく酸素を運ぼうと適応します。高所トレーニングによる赤血球数の増加は、平地環境でのレースにおいても酸素運搬能力を向上させ、結果として競技パフォーマンスを向上させます。しかしながら、こうした適応は高所に長期間滞在した際に得られる効果です。一方で、低酸素トレーニングでは、一日のうちに、低酸素環境にせいぜい2-3時間ほど晒される程度です。実は、この程度の短時間の低酸素曝露(曝露=晒されること)では、赤血球数の増加の刺激として不十分であることが、これまでの研究で明らかとなっています

赤血球数を増やすために、最低限必要な低酸素曝露は?

前述のとおり、一日のうちに数時間程度の低酸素曝露では、赤血球数を増やす刺激として不十分です。では、具体的にどの程度の低酸素曝露の容量が必要なのでしょうか? これまでの研究を総合的に判断すると、赤血球数を増やすためには、標高2000m相当以上の低酸素環境に滞在することを、一日あたり12時間以上、2週間以上継続することが必要です。ちなみに高所トレーニングとして考えたとき、標高2000m以上の合宿地は稀ですので、2000m未満の準高地で合宿を行うことが多いかと思います。その場合に赤血球数を増やすには、さらに期間を長くする(>2週間)必要があると考えられています。このことからわかるように、低酸素環境を利用して赤血球数を増やすには、基本的に低酸素環境で寝泊まりする必要があります。赤血球数の増大に伴う酸素運搬能力を向上させる目的で、低酸素環境でトレーニング(2-3時間/日)を行ったとしても、狙った効果は得られないので注意が必要です。

低酸素トレーニングでは、赤血球数が増えない代わりに、何が向上するのか?

では、低酸素トレーニングでは、実際にどのような効果があるのでしょうか? 近年の研究では、低酸素トレーニングによって、赤血球数の増大など血液学的な適応が起こらない代わりに、骨格筋での非血液学的な適応が起こることが報告されています。具体的には、骨格筋内の解糖系や酸化系の酵素活性の上昇毛細血管密度の増大緩衝能の向上などです。したがって、低酸素トレーニングは、赤血球数が増えないものの、骨格筋の中での適応を促し、トレーニング効果を得ることができます。従来、高所トレーニングなどの低酸素環境での運動トレーニングは、持久性アスリートのトレーニングというイメージが強かったですが、低酸素トレーニングでは骨格筋の適応が起こるため、近年では球技アスリートやスプリンターなどのトレーニングとしても有効であると注目されるようになってきています。

低酸素環境での繰り返しスプリントトレーニングが注目されている

低酸素環境でのトレーニングの中でも、最近では低酸素環境での繰り返しスプリントトレーニング(Repeated sprint training in hypoxia, RSH)が注目を集めています。低酸素環境において、短いダッシュを短時間の休息を挟み繰り返すRSHは、繰り返しスプリント中の疲労の発現を遅くする効果があります。したがって、RSHは、試合中に疲労状態でスプリント運動を行うことが求められる球技アスリートのトレーニングとして有効であると考えられています。また、低酸素トレーニングによる骨格筋での適応を促すには、スプリント運動のような強度の高い運動を行うことが推奨されています。したがって、これまでには低酸素トレーニングにおいて、低強度の持久性運動を持久性運動が主でしたが、近年では繰り返しのダッシュのようなトレーニングも有効であることが示されています。

参考文献

  1. Wilber RL. (2007) Application of altitude/hypoxic training by elite athletes.
  2. Wilber RL, Stray-Gundersen J, Levine BD. (2007) Effect of hypoxic “dose” on physiological responses and sea-level performance.
  3. Gore CJ et al. (2013) Altitude training and haemoglobin mass from the optimised carbon monoxide rebreathing method determined by a meta-analysis.
  4. Hoppeler H, Vogt M. (2001) Muscle tissue adaptations to hypoxia.
  5. Faiss R, Girard O, Millet GP. (2013) Advancing hypoxic training in team sports: from intermittent hypoxic training to repeated sprint training in hypoxia.

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