昨今、新型コロナウイルス感染症の世界規模での爆発的拡大により、運動トレーニングを休止せざるを得ない人が増えているかと思います。一方で、運動トレーニングは競技能力を高めるためだけでなく、健康維持の観点からも重要です。本記事では運動トレーニングの休止がアスリートの体に与える影響を解説し、さらにトレーニング休止による負の影響を軽減する方法についてご紹介したいと思います。
目次
忙しい人向けにざっくりまとめると
●トレーニング休止により、運動パフォーマンスは低下する。特に12週間以上のトレーニング休止をするとトレーニング前の状態まで戻ってしまう可能性もある。
●例え従来通りトレーニングできなくても、トレーニング量や頻度を落としたトレーニングを継続することで持久性運動パフォーマンスの低下は抑制できる。
●自宅での運動でも工夫次第で心肺にトレーニング負荷を与えることができる(踏み台昇降運動、タバタプロトコルでのサーキットトレーニング等)
トレーニング休止で持久性運動パフォーマンスはどの程度低下するのか?
例えば、持久性運動能力を決定づける代表的な指標である最大酸素摂取量(VO2max)は、短期間のトレーニング休止(4週間以内)により4~14%減少し、また長期間のトレーニング休止(4週間以上)では6~20%低下することが報告されています(Mujika and Padilla, 2000a; Mujika and Padilla, 2000b)。
一方で、長距離ランナーが10日間トレーニング休止した実験では、最大酸素摂取量や心臓のサイズは変化しなかったとの報告もあります(Cullinane et al., 1986)。アスリートのなかには、例え2~3日程度のトレーニング休止でもパフォーマンスが低下すると思い、トレーニングを休むべき時に休めない人もいます。しかし、Cullinane et al(1986)によると、10日程度のトレーニング休止で少なくとも最大酸素摂取量と心臓のサイズに負の影響がないことが示されています。アスリートがもし何らかの事情で1~2週間トレーニングを中断しなくてはいけない状況に置かれても、トレーニング休止による負の影響は限定的であると思われます。
数週間のトレーニング休止により最大酸素摂取量などは下がりますが、1~2週間程度なら大きな影響はないです。たまには休んでリフレッシュも長期的な視点で見れば重要です。
他方、12週間以上のトレーニング休止は、アスリートの最大酸素摂取量および持久性運動能力をトレーニング前と同等のレベルまで低下させる可能性があります(Drinkwater and Horvath, 1972)。せっかく長期間トレーニングして来たものが水泡に帰すのはもったいないことです。そこで、何らかの事情で十分なトレーニングができない時に、ある程度運動パフォーマンスを維持する対策が求められます。
軽めのトレーニングで運動パフォーマンスの低下はある程度抑制できる。
何らかの事情で従来通りのトレーニング継続が困難となったときに、完全にトレーニング休止するのではなく、トレーニング量や頻度を少なくしたトレーニングを継続する方法があります。
自転車競技選手を対象としたある実験では、従来のトレーニングと比べ、トレーニング量を50%、頻度を20%減らしたトレーニングを3週間継続した時の最大酸素摂取量や持久性運動パフォーマンスの変化を検討しました(Rietjens et al., 2001)。その結果、3週間の低ボリューム・低頻度トレーニングを継続することで最大酸素摂取量や持久性運動パフォーマンスは低下しなかったことを報告しています(Rietjens et al., 2001)。このことから3週間に渡り従来のトレーニングができなかったとしても量や頻度を落としたトレーニングを継続することで、持久性運動パフォーマンスの低下は起こらなかったことが示されています。トレーニングを量をどの程度減らすかにより効果は多少変わると予想されますが、従来のトレーニングが継続できない時に軽めの練習を実施することで短期間(2~4週間)のトレーニング休止による負の影響を大きく抑制できるようです。
短期間(2~4週間)程度なら軽めのトレーニングでもパフォーマンスは維持できます。慢性的な疲労を取り除く意味でもたまに軽めのトレーニング期を作るのもいいと思います。
次にもう少し長い期間の例として、トップレベルのカヤック選手を対象とした実験では、トレーニング量を80%と大きく減らしたトレーニングプログラムを5週間継続した際の最大酸素摂取量や持久性運動パフォーマンスの変化について調べています(García-Pallarés et al., 2009)。その結果、完全にトレーニング休止した場合と比べて、低ボリュームのトレーニングを継続することで最大酸素摂取量や持久性運動パフォーマンスの低下幅はかなり抑えられたと報告しています(García-Pallarés et al., 2009)。特に最大酸素摂取量は、完全にトレーニングを休止した場合に11.3%低下したのに対し、低ボリュームトレーニングを継続した時に5.6%の低下に抑えられました(García-Pallarés et al., 2009)。このことはトレーニング量を大幅(-80%)に減らしたとしても、トレーニング休止により負の影響が半分近く打ち消せる可能性を示しています。従来のトレーニング量の20%程度のごく低ボリュームのトレーニングでもいいからとにかくできる範囲の運動を継続することが重要です。
前述の通り、従来のトレーニングの継続が難しい際に、トレーニング量や頻度を減らしたトレーニングに移行することで、持久性運動パフォーマンスの低下を抑えることができます。場合によっては完全に維持できる、あるいは50%ほど軽減できることも分かりました。これは、みなさんが直観的に感じるよりも高いパフォーマンス維持効果ではないでしょうか。従来のトレーニング継続が難しい場合、無理をせず思い切ってトレーニング量や頻度を落としてみましょう。そして、体力の低下を抑えながら落ち着いて復帰計画を考えましょう。
工夫次第で室内でもトレーニングができる
現在、新型コロナウイルス感染症対策により外出自粛要請が出されています。屋外で運動する場合、3密を避ける場所を選ぶ必要があり、従来よりも運動することが難しい状況になりました。そこで、屋内での運動トレーニングが注目されています。そして、工夫次第で室内でもある程度の持久性トレーニングを行うことができます。
まず、自宅にトレッドミルや自転車エルゴメーターを持っている方は、問題なく十分な持久性トレーニングを行うことができます。一方で、適度な運動で免疫能が高まる半面、高強度のトレーニングを行うと免疫能が一時的に低下し、上気道感染症のリスクが増加することが知られています(鈴木、2004)。新型コロナウイルス感染症が広まっている現時点では、自宅に十分なトレーニング設備がある場合でも、あまり追い込み過ぎないのが無難でしょう。
また、踏み台昇降運動は自宅で簡単に行える運動で持久性トレーニングのひとつになります。踏み台の高さは20-40センチほどが一般的です。踏み台の高さや昇降のテンポを高めることや手にダンベルや水の入ったペットボトルを持つことで運動の負荷を高めることができます。なお、踏み台昇降運動を行う際には、強固で安定した台を用意し、万が一転倒した際に危険がないように対策する必要があります。
次に、タバタプロトコルを用いてサーキットトレーニングをする方法があります。タバタプロトコルとは、20秒間の運動を10秒間の休止を挟み8回程度反復する運動です。タバタプロトコルは本来、自転車運動や走運動で行うのが一般的ですが、近年筋力トレーニングを用いて行う方法も現場でよく実施されています。筋力トレーニングを用いる方法を始めてやる場合、バーピー、腕立て、腹筋、背筋などという風に全身の多くの筋をまんべんなく使う方法をお勧めします。自転車運動や走運動のように同じ筋群を使い続けるわけではないので、骨格筋(末梢)へのストレスを抑えながら、心肺機能(中枢)にしっかりと負荷をかけることができます。詳しくは関連記事「[Stay Homeでも出来る!]筋トレ形式のタバタプロトコルでも持久性能力は高まる!」をご参考下さい。本来は8回程度でオールアウトする負荷で行うのですが、自宅で行う際には激しい運動の実施が難しいことや前述のように追い込み過ぎると上気道感染症にかかりやすくなってしまう観点から少し負荷を軽めにしてもよいでしょう。
まとめ
- トレーニング休止により持久性運動パフォーマンスは低下する。ただし、1~2週間程度なら大きな影響はない。一方で12週間トレーニングを休止するとトレーニング前の状態まで戻ってしまう可能性もある。
- 従来のトレーニングが継続できない時に、トレーニング量や頻度を落としたトレーニングを継続することで、トレーニング休止の負の効果を打ち消す、あるいは軽減できる。
- 自宅でも工夫次第でトレーニングができる。踏み台昇降運動、タバタプロトコルでのサーキットトレーニングなどがおすすめ。
- 高強度運動をすると上気道感染症のリスクが増加する。新型コロナウイルス感染症が広まっている時期には、激しい運動は控えた方がよいかも。
参考文献
- Mujika and Padilla. (2000a) Detraining: loss of training-induced physiological and performance adaptations. Part I: short term insufficient training stimulus.
- Mujika and Padilla. (2000b) Detraining: loss of training-induced physiological and performance adaptations. Part II: Long term insufficient training stimulus.
- Cullinane et al. (1986) Cardiac size and VO2max do not decrease after short-term exercise cessation.
- Drinkwater and Horvath. (1972) Detraining effects on young women.
- Rietjens et al. (2001) A reduction in training volume and intensity for 21 days does not impair performance in cyclists.
- García-Pallarés et al. (2009) Post-season detraining effects on physiological and performance parameters in top-level kayakers: comparison of two recovery strategies.
- 鈴木. (2004) 運動と免疫
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