マラソンでは、なぜLTペースで走ることが重要?[乳酸性作業閾値]

持久性運動トレーニング
この記事を書いた人
竹井 尚也

東京大学 特任研究員/東京大学 陸上運動部コーチ

スポーツ科学(運動生理学)の研究者。科学的根拠に基づく運動指導を行っています。

指導した東大生から2年連続箱根ランナーが輩出しました。

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マラソン競技では、よくLT(=乳酸性作業閾値)をレースペースの目安に走ることが重要といわれます。よく耳にするLTとは、何を意味するのでしょうか? また、なぜLTペースで走るのが、マラソンで好成績を残すために重要なのでしょうか? 本記事では、マラソンとLTペースについて解説します。また、乳酸代謝を中心とする運動生理学を学ぶには私の恩師である八田秀雄教授の「乳酸サイエンス」を参考にされることをお勧めします。少し専門的な内容なので初学者には「乳酸を活かしたスポーツトレーニング」もお勧めです。

目次

LTカーブテスト:持久力を測るパフォーマンステスト

持久性アスリートの運動パフォーマンスを測定する方法としてLTカーブテストがあります。LTカーブテストでは、一般に3分程度の運動を1分程度の休息を挟み複数本繰り返します。その際に、運動の強度(ペース)を徐々に高めて行き、その際の血液中の乳酸の濃度を測定します。すると、下記の図のようにある速度から急激に血中乳酸濃度が高まるポイントがあります。この急激に血中乳酸濃度が高まり始めるポイントのことをLT(=乳酸性作業閾値)と呼びます

[よくある勘違い]乳酸は疲労の原因?

よくある間違いとして、LTペース以上になると乳酸が多く蓄積し疲労するという誤解があります。そこで、マラソンでLTペース以上で走ると乳酸が溜まって疲労するという風に勘違いする人がいます。しかし、実際には乳酸は疲労原因ではなく、LTペース以上で乳酸がたくさんできることが直接疲労に関わっているわけではありません。むしろ、乳酸は使いやすいエネルギー源であり、持久性運動のパフォーマンス維持に寄与するものです。乳酸が疲労の原因でなく、むしろ持久性運動を行う上で重要なエネルギー源であるなら、なぜLTを超える強度の乳酸がたくさんできる運動がマラソンに推奨されないのでしょうか?

乳酸は、糖を分解することでできるもの

乳酸は、実は糖を分解することでできるもの(中間代謝産物)でエネルギー源です。乳酸の元となる糖は非常に使いやすいエネルギー源で、強度の高い運動(ペースの速い)で多く使われます。LTカーブテストで血中乳酸濃度が急激に上がり始めるのは、実はLTあたりから糖の利用が一気に高まるからです。つまり、運動中に血中乳酸濃度を測ることで、体の中での糖がどれくらい使われているか推測することができます。

マラソンは糖枯渇との闘い

運動中の糖の利用量が分かるとどんな利点があるのでしょうか? 実は、運動中の糖の利用量を知ることはマラソン競技において大きな利点となります。これまでお話しした通り、糖は速いペースで走るための重要なエネルギー源です。しかし、実は人間の体の中の糖というのはそれほど多くなく、マラソン競技中に枯渇(=極端に少なくなる)してしまいかねない貴重なエネルギー源です。マラソン競技中に糖が枯渇すると、使いやすいエネルギー源が少なくなってしまいますので、どれだけ頑張ってもそれまでのペースを維持できなくなります。特にマラソン競技での30-35㎞以降の急激なペースダウンの主な原因として糖の枯渇が挙げられます。運動中の糖の利用量を知ることは、マラソン競技など長時間運動に糖の枯渇によるペースダウンを起こしにくくするうえで重要です。

LTペースは、糖を節約しながら走れる最大ペース

糖の枯渇をなるべく起こさないようにするには、糖の利用が少ないペースで走ると良いです。しかし、かといってジョギングのようなスローペースでは、後半のペースダウンが抑えられても記録は望めません。そこで、マラソン競技で糖の枯渇のリスクを抑えながら、なおかつ記録を出すためにLTペースを用いることが推奨されます。LTペースは、運動中の血中乳酸濃度の急激な上昇が起き始めるギリギリのペースです。つまり、LTペースは、糖の利用を急激に高めない範囲で最も速く走れる、言い換えれば糖を節約しながら最も速く走れるペースということになります。そこで、マラソン競技のような糖の枯渇が起こりえる競技で良い記録を出すためには、LTペースで走るとよいとされています。LTペースで走ることで、マラソン競技後半にもなるべく糖を残し、大きなペースダウンを起こしにくくでき、好成績を望めます。

LTペースを高めるには?

LTペースを高めるには、骨格筋のミトコンドリアを増やすことが重要です。ミトコンドリアは、生体内のエネルギー工場のような細胞小器官です。ミトコンドリアが増えると、運動中に脂肪を多く使えるようになり、その分糖を節約できるようになります。ミトコンドリアを増やすには、長時間の低強度運動や中強度のペース走などももちろん大事ですが、高強度インターバルトレーニングもミトコンドリアを増やす強力なトレーニングです。よく、LTペースを高めるにはLTペース付近でのペース走・距離走が最適と思われていますが(LTペースの動きに慣れるという意味もありますが)、ミトコンドリアを増やすという観点では高強度インターバルトレーニングも有効です(Londeree, 1997)。むしろ、競技力が上がるほど低強度~中強度のトレーニングではトレーニング効果が少なくなってきてしまい、高強度のトレーニングがパフォーマンスを高めるうえで重要になってきます。
実際には、それぞれの運動強度でのトレーニングをバランスよく行う必要がありますが、LTペースを高めるにはLTペースで走らないといけないと勘違いすると、全体のバランスを崩してしまうことに繋がります。高強度インターバルトレーニングでもLTペースを効果的に高めることができることを念頭に置いて、バランスの良いトレーニングを心がけましょう。

参考文献

  1. 八田秀雄 乳酸サイエンスーエネルギー代謝と運動生理学ー
  2. Londeree. (1997) Effect of training on lactate/ventilatory thresholds: a meta-analysis.

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