[エネルギー代謝]無酸素性エネルギー産生ってどういう意味か本当に分かってる?

生理学
この記事を書いた人
竹井 尚也

東京大学 特任研究員/東京大学 陸上運動部コーチ

スポーツ科学(運動生理学)の研究者。科学的根拠に基づく運動指導を行っています。

指導した東大生から2年連続箱根ランナーが輩出しました。

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スポーツ科学分野のよく誤解される言葉の代表格として「無酸素性エネルギー産生」という言葉があります。みなさんは、本当に「無酸素性エネルギー産生」の意味を知っていますか? よくある間違った解釈は「激しい運動をすると酸素が足りなくなり、無酸素性エネルギー産生が活発になる」というものです。この解釈の誤りを指摘できますでしょうか? もし、分からなければこの記事を読んで正しい知識を身に付けましょう! なお、この記事は私の指導教員である八田秀雄教授の「乳酸サイエンスーエネルギー代謝と運動生理学」を参考に執筆されています。エネルギー代謝を中心とした運動生理学をしっかり学びたい人にはお勧めです。一般の方が、ざっくりと学びたい場合には「乳酸を活かしたスポーツトレーニング」がお勧めです。

目次

忙しい人向けにざっくりまとめると

・有酸素性エネルギー産生の有酸素とは、酸素が必要であるという意味

・無酸素性エネルギー産生の無酸素とは、酸素が必要ないという意味

・無酸素性エネルギー産生とは、酸素はあるけど酸素を使わずにエネルギーを産生すること(酸素がなくなるから働くわけではない!)

・どんな運動でも酸素を使って運動している(全ての運動は有酸素運動!)

・400m走中に酸素を使って生み出すエネルギー量は全体の50%もある

運動中のエネルギー代謝の基礎[3つのエネルギー供給系]

まず初めに、運動中のエネルギー代謝について解説します。運動中に筋はATPというエネルギー化合物を分解することで、運動に必要なエネルギーを得ます。しかし、ATPは筋にわずかな量しかなく、すぐ底をつきうるエネルギー源です。そこで、ヒトの体の中には、ATPを再合成する(分解されたものを引っ付けてまた使えるようにする)仕組みがあります。ATPを再合成する仕組みは、(1)ミトコンドリアでのエネルギー産生(TCA回路・電子伝達系)(2)グリコーゲン分解によるエネルギー産生(解糖系)(3)クレアチンリン酸分解によるエネルギー産生(ATP-CP系)の3つがあります。そして、(1)は有酸素性エネルギー代謝、(2)(3)は無酸素性エネルギー代謝と呼ばれることがあります。「有酸素」「無酸素」の言葉をそのまま受け取ると、酸素があるかないかを意味しているように見えます。しかし、その理解こそが間違った解釈を生む根源なのです。なんとも紛らわしいことですが、実はここでいう「有酸素」と「無酸素」という言葉は、エネルギーを産生するときの酸素の有無を言っているわけではありません!

「有酸素」「無酸素」の本当の意味とは?

有酸素と無酸素という言葉は元々Aerobic(エアロビック)とAnaerobic(アネロビック)という英語を翻訳したものです。実は、AerobicとAnaerobicの本来の意味は「Aerobic=酸素を必要とする」「Anaerobic=酸素を必要としない」という意味です。つまり、無酸素性エネルギー産生というのは、酸素があってもなくても酸素を使わずにエネルギーを生み出すという意味です。そして、運動時にミトコンドリアでのエネルギー産生が止まるほど酸素がなくなることはありません。つまり、私たちの運動中に起きている無酸素性エネルギー産生というのは、「酸素は足りてるけど酸素を使わずに動かせる仕組みも使ってエネルギーを作っている」というものです。このように大変紛らわしく誤解を招くので、我々の研究室では、有酸素や無酸素という言葉をなるべく使わないようにしています。

竹井尚也
竹井尚也

有酸素性エネルギー産生、無酸素性エネルギー産生の本当の意味は、エネルギー産生するときに酸素が必要有るか、必要無いかということです。そもそも運動時に酸素はなくなりません!

3つのエネルギー供給系は同時に動いている。

ここまでは、あえて有酸素性エネルギー産生や無酸素性エネルギー産生という言葉を使いましたが、ここからはミトコンドリアでのエネルギー産生、解糖系、ATP-CP系という言葉を使います。さて、もう一つのよくある誤解は、有酸素運動と無酸素運動についてです。言葉の意味からすれば、「酸素が必要な運動」「酸素が必要ない運動」という風に読み取れてしまいます。もちろん酸素が必要ない運動など存在しません。俗に無酸素運動と呼ばれる運動(400m競走など)では、持久性運動に比べ、解糖系やATP-CP系など俗にいう無酸素性エネルギー供給系の貢献度が高いため、「無酸素運動」という名称になったと予想されます。しかし、運動中には3つのエネルギー供給系は同時に働いています。400m競走中にもミトコンドリアでのエネルギー産生が起きており、酸素を使ってエネルギーを作り出しています。どんなに短時間の運動でも、酸素を使って運動しています。なので、日本語を正しく使おうとすると、すべての運動は有酸素運動であるといえます。しかし、それでは俗に有酸素運動、無酸素運動と呼ばれるものを分類するときに困るので、我々はよく、従来の有酸素運動を「低強度運動」「持久性運動」と、無酸素運動を「高強度運動」「スプリント運動」という風に呼んでいます。

竹井尚也
竹井尚也

どのような運動でも酸素を使って運動しているので、「有酸素」「無酸素」という言葉でなく、運動強度の違いを用いて「低強度」「高強度」という言葉を使うことをお勧めします。

400m走に必要なエネルギーの50%程度は酸素を使って作っている。

そんなことは言っても、スプリント運動では酸素はほとんど使ってないんでしょ?と思った方もいるかもしれません。しかし、実はスプリント運動であっても酸素をたくさん使って運動しています。例えば、俗にいう無酸素運動の代表格である400m走中にはどのくらいの酸素を用いているのでしょうか? Spencer and Gastin (2001)によると、運動中の酸素摂取量を計測し、運動時のエネルギー産生を調べたところ400m走中の全体のエネルギー産生量の43%は酸素を使ったエネルギー産生(ミトコンドリアでのエネルギー産生)であることを示しています。この実験では、肺での酸素取り込みのみを見ていて、運動前から血中や筋中に存在する酸素量は反映されていません。その量も見積もれば、400m走中のエネルギー需要量の50%程度は酸素を使ったエネルギー産生であると考えられます。このように俗にいう「無酸素運動」の代表である400m走では、そのエネルギー需要の半分が酸素を使って賄われているのですから、やはり「無酸素運動」という用語は適当でないと考えます。また、400m走中のエネルギー産生の半分はミトコンドリアでのエネルギー産生が貢献していることからも、従来のスプリントトレーニングのみでなく、ミトコンドリアを増やすようなアプローチが有効である可能性も十分に考えられます。しかし、「無酸素運動」という言葉を使い、400m走中に酸素をほとんどつかっていないとの誤解が広がると有効なトレーニングを検討する際に弊害になります
そこで、みなさんも「有酸素運動」「無酸素運動」という言葉を使うのをやめて、「低強度運動」「持久性運動」や「高強度運動」「スプリント運動」という風な言葉を使いませんか?

竹井尚也
竹井尚也

全ての運動は有酸素運動! 誤解の生じにくい用語を使いましょう!

まとめ

  • 有酸素性エネルギー産生の有酸素とは、酸素が必要であるという意味
  • 無酸素性エネルギー産生の無酸素とは、酸素が必要ないという意味
  • 無酸素性エネルギー産生とは、酸素はあるけど酸素を使わずにエネルギーを産生すること(酸素が無くなるから働くわけではない!)
  • どんな運動でも酸素を使って運動している(全ての運動は有酸素運動!)
  • 400m走中に酸素を使って生み出すエネルギー量は全体の50%もある

参考文献

  1. 八田秀雄. 乳酸サイエンスーエネルギー代謝と運動生理学ー
  2. Spencer and Gastin. (2001) Energy system contribution during 200- to 1500-m running in highly trained athletes.

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